経管栄養や胃ろうは単なる延命措置ではない(前編)

医療従事者の視点

今回は、病気や怪我等で口から食事が食べられなくなった場合の主な栄養補給の方法と、そのメリットとデメリット、リハビリテーションの重要性と限界について、言語聴覚士の視点でまとめてみようと思います。

これはあくまでも個人の見解です。すべての言語聴覚士が同じように考えているわけではありませんし、最終的に治療の方針を決定するのは医師です。

ひとつの考え方・意見として、参考になればと思います。

口から栄養が摂れなくなる理由

ここでは、口から栄養が摂れなくなる理由について、大まかに触れます。

もちろん、ここに挙げたもの以外にも様々な理由がありますので、詳細は主治医にご確認ください。

脳血管疾患

脳血管疾患とは、脳の血管の異常によって起こる病気です。

脳血管障害、脳卒中とも言います。

具体的には脳梗塞、脳出血、くも膜下出血等があります。

食べ物を認識する機能、口の動きや喉の動きの機能等、食事を食べるための機能はすべて脳が司どっています。

そのため脳が障害を受けると、口から十分な栄養が摂れなくなる後遺症が出てくることがあるのです。

当院に入院している方の半数以上は、この病気を患っていらっしゃいます。

廃用症候群

ここ数年で関わることが増えているのが、廃用症候群の患者さんです。

廃用症候群とは、活動量(運動量)が低下したり長期的に安静にしていたりすることで、身体機能や精神機能(認知機能)が低下した状態にあることを指します。

高齢者であれば誰にでも起こりうる身近なものですが、甘く見ると寝たきりになってしまうという恐ろしいものです。

自宅で生活している高齢者が風邪をひいて動くのを億劫がっていたら、数日後にはベッドから起き上がることさえできなくなり緊急搬送されたといった現病歴(現在治療中の病気の経過や治療方針等の記録のこと)は割とよく見かけます。

また心不全を起こして緊急搬送され、2週間程度ベッド上での生活を余儀なくされたところ、身動きが取れなくなったどころか認知機能も低下してしまったということもざらにあります。

このような患者さんたちは脳血管疾患の患者さんと同様に、まったく口から栄養を摂ることができなくなるということもよくあるのです。

ガン

ガンにも様々な種類がありますが、どれでも口から栄養が摂れなくなるリスクはあります。

特に食べることに直接影響が出るのは、舌ガン・咽頭ガン・喉頭ガンでしょうか。

口や喉周りのガンであるため、手術や放射線治療等によって動きが悪くなったり痛みが出たりして、食べられなくなることがあります。

認知症

これから日本国民全体で向き合っていく必要がある病気です。

2040年には高齢者の約15%、6.7人に1人の割合で認知症の診断がつくとの推計も出ています。

認知症には様々な種類があるので、十把一絡げにはできませんが、いずれにしても次第に口から栄養が摂れなくなっていく病気ということには間違いはありません。

食べられなくなった場合の栄養補給方法

上記のような病気で口から十分に栄養を摂れなくなった場合でも、人間は栄養を補給しなくては生きていけません。

その方法として、経管栄養・胃ろう・中心静脈栄養・末梢静脈栄養の4種類があります。

以下に、簡単な内容の説明と、メリットとデメリットを記載します。

ちなみにメリットとデメリットですが、細かく言い出すとキリがないので、大まかなところだけを挙げていきます。

経管栄養(経鼻経管栄養)

チューブを通して栄養剤を消化器官に入れる方法です。

どこからチューブを入れるか(鼻か口か)、どこまでチューブを入れるか(胃か腸か)のバリエーションがありますが、ここでは最も多く目にする「経鼻経管栄養」について記載します。

経鼻経管栄養は、チューブを鼻から胃まで挿入し、それを通して栄養剤を注入するという栄養方法です。

メリットは、手技が簡便であるということ。

当院の看護師も日常的に行っている手技で、本当にスッと完了させちゃいます。

またこれから解説する他の手技に比べると、基本的に侵襲が非常に少ないです。

そして患者さんに必要な栄養量を、確実に提供することができます。

デメリットは、見た目が重病人っぽくなること。

当院では実際に食べるリハビリ(摂食嚥下リハビリテーション)を行う際にはチューブを抜きますが、そこにたどり着いていない患者さんは、基本的にはチューブを入れたままで入院生活を送ることになります。

その場合、かなり違和感のある見た目になってしまいます。

また栄養を注入している途中、患者さんがチューブを誤って引き抜いてしまう(自己抜去)ことがあります。

これは誤嚥性肺炎のリスクが爆上がりするので、自己抜去しそうな患者さんには看護師や介護士が栄養中は必ず同伴している必要があります。

当院は回復期リハビリテーション病院で、身体拘束は最小限にする方針なので、経管栄養の際に手にミトンをしたり手首を車いすやベッド柵に固定するような対応は基本的にはしていません。

ただし、どうしてもマンパワーが不足している場合、あるいはスタッフが同伴していても自己抜去が防げない患者さん(大暴れする、力が強い等)の場合には、やむを得ず手を縛ることもあります。

身体拘束に関する是非についても様々な意見がありますが、これはまた別の機会に。

胃ろう

胃ろうもチューブを通して栄養剤を消化器官に入れる方法なので、経鼻経管栄養と同じ経管栄養の範疇に入ります。

ただし、チューブを直接胃に繋げているという点が、経鼻経管栄養と大きく異なります。

内視鏡を使って胃に小さな穴を開け、それが塞がらないように筒形の器具を留置しています。

当院でよく見かけるのはボタン型と呼ばれるもので、見た目も機能もビーチボールの空気栓のような感じです。

そこにチューブを繋いで、栄養剤を胃に注入します。

メリットは、鼻や喉にチューブを通していないため経鼻経管栄養より患者さんの日常生活における違和感が少ないということ。

経鼻経管栄養とは違い、摂食嚥下リハビリテーションをする度にチューブを抜き差しする必要がないので、患者さんや看護師の負担が軽減します。

普段は服で隠れているので、見た目も気になりません。

また経鼻経管栄養と同様に、患者さんに必要な栄養量を確実に提供することができます。

手術も大掛かりなものではなく、15~30分程度で完了します。

学生の時に実習先で胃ろうの手術を見学しましたが、あまりに短時間だったため、非常に驚いた記憶があります。

デメリットは、大掛かりではないとは言え、手術が必要であるということ。

手術をするからには、何かしらのリスクははらんでいます。

また内臓に穴を開けているため、感染症や穴の周りの皮膚トラブルのリスクがあります。

清潔に保つために、こまめな観察が必要です。

中心静脈栄養

太い静脈にカテーテルを挿入し、それを通して栄養(高濃度輸液・高カロリー輸液)を入れる方法です。

口から食べられない状態かつ、消化器官の機能が低下している場合に用いられることがほとんどです。

どこの血管に入れるかの選択肢は、内頚静脈・鎖骨下静脈・尺側皮静脈・大腿静脈の4つだそうですが、私が実際に見たことがあるのは、尺側皮静脈を除く3パターンです。

それぞれの場所にもメリットとデメリットがありますが、今回の話とはズレるのでまたの機会に。

中心静脈栄養のメリットは、栄養素を細かく管理できるということ。

輸液なので電解質や糖等を細かく設定でき、患者さんに必要な栄養素を十分に提供することができます。

また消化器官の機能が低下していても、確実に栄養を入れることができます。

デメリットは、感染症(敗血症)のリスクがあるということ。

血管にカテーテルを留置するので、挿入した部分の清潔が保たれていないと、そこから細菌が血液に乗って全身を駆け巡る可能性があります。

そうなると敗血性ショックを起こすことにもなりかねません。

また消化器官を使用しない栄養方法のため、消化器官がさらに弱り、さらに口から栄養を摂ることが難しくなっていくということもあります。

加えて消化器官が弱くなると、免疫機能も低下するということが分かっています。

そのため感染症のリスクもさらに上昇する可能性があるということです。

そして私が中心静脈栄養に関して経験したことのある最も恐ろしかった出来事は、やはり自己抜去。

脳血管疾患により混乱状態にある患者さんが、鎖骨下静脈のカテーテルを引き抜いたために、病室はスプラッター映画のワンシーンのような状態に。

少しでも発見が遅れていたら失血死は免れなかったでしょうし、カテーテルの一部が血管内に残っていた場合には、脳梗塞や心筋梗塞、肺塞栓等になった可能性もあります。

発見したスタッフは、さぞ驚いたことでしょう。

私は事件後の病室と看護師のピリピリ感を見て、心底ゾッとしたのでした。

末梢静脈栄養(点滴)

手や足の血管に針を刺して、そこから栄養を入れる方法です。要は、普通の点滴です。

メリットは、中心静脈栄養に比べれば非常に簡便だということ。

看護師の日常業務レベルです。

ちなみに中心静脈栄養のカテーテル挿入は、必ず医師が行います。

デメリットは、患者さんに必要な栄養が十分に入れられないということ。

末梢の細い血管から入れる方法なので、ごく軽度の脱水や栄養不足であれば対応できますが、食事と同等の栄養量を確保することは不可能です。

また脳血管疾患や廃用症候群になる高齢者の血管は、細いうえに非常にもろく、点滴の針が入れられないこともあります。

仮に入ったとしても長時間の点滴に耐えられず、内出血を起こしたり、その後は針が入れられなくなったりすることもざらです。

また手足はよく動く場所なので、日常生活やリハビリの邪魔になることが多く、脳血管疾患や認知症の患者さんによる自己抜去の発生確率は非常に高くなります。

中心静脈栄養ほどではありませんが、思いっきり引き抜いた際のスプラッターっぷりは、医療従事者でなければ気を失ってしまう人もいるかもしれません。

どの栄養方法を選択するか

口から栄養を摂れなくなった場合の栄養補給方法を大きく4種類、メリットとデメリットとともに紹介してきました。

もしこれを読んだあなたやそのご家族が食べられない状態になった場合、どの方法を選択するでしょうか。

もちろん、食べられなくなった理由によっても選択は変わってきます。

その選択をするときの材料になるよう、後半では、脳血管疾患や廃用症候群による摂食嚥下障害によって口から十分な栄養を摂れなくなった場合という前提で、言語聴覚士としての見解をお示ししたいと思います。

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